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パンのある風景 A
  パナデリア
                          ベッカライ ヨナタン      つかもと ともひこ

 それじゃなっ、とアントニオは荷台に柴を積んだ古いプジョーでガタゴト帰っていった。
 そこはスペイン中南部ムルシアにある、地中海沿いの保養地。だが、
ピレネー(山脈)を越えたらアフリカと思えと言われるように、
町から外れると荒涼とした人影のない土の砂漠になる。
その砂漠の中で、ぽつんと一人残された自分に気づくと、
おお、神よと、おもわず両手をあげて天に何か懇願したくなる。

  さぁ、仕事だ仕事。仕事は柴(しば)集め。
砂漠で立ち枯れした灌木をひろいあつめる。
40分ほど、柴集めをすると、アントニオは戻ってきた。
まぁこれくらいあればだいじょうぶと言い、アントニオの店まで戻る。
アルパチーノによく似て小柄で彫りの深い顔立ちのアントニオは
オランダの共同体でパンを焼き始めた。
オランダはマクロバイオティック(食事療法)の盛んなところで、
オーガニックの全粒粉を使った自然発酵のパンが多く作られている。
故郷スペインに戻ったアントニオは廃業したパン屋を借りて、
自分の生地種(サワドウ)で、全粒粉を使ったパンを作り始めた。
パン生地を焼くのは、内径が3m高さ1.5mのドーム型、
半円球のアラブ式石窯だ。
石窯の周囲には50cm程の空間があり、
そこに火山灰を詰め込んで、断熱効果を高めている。
そのため、パンを焼き終わって1日たっても窯の温度は暖かく、
翌日にわずかな柴を燃やすだけで温度は十分回復してしまう。

  スペインの夏は厳しく、灼熱の日差しは容赦なく白い家々を照りつける。
エアコンのない建物の中は窯の熱気もあり、汗がほとばしる。
アントニオは上半身裸で、捏ね上がったパン生地を丸め、
キャンバス地の布に置いていく。
熟成したパン生地は石窯の小さい扉からひとつひとつ入れていく。
全粒粉を使った重たいパン生地は火の通りが悪いが、
石窯を使えば、その柔らかい輻射熱により、
生地内部まで十分焼き込める。
特に発酵生地(サワドウ種)を使ったパンにはそれが最も適している。

アントニオの店は路地にあり、パナデリア(パン屋)の小さな看板があるだけ。
時折、通りから看板をみつけたスペイン人の保養客が入ってくるが、
全粒粉のパンを見ると首をすくめて、買わずに出て行ってしまう。
それを見て、アントニオも首をすくめ、
「スペイン人は白いパンを欲しがる。ほんとに味のあるパンを食べない。」と嘆く。

焼き終わると、アントニオは店を出て、近くのカフェへ行く。
カフェに入ると、あちらこちらから近所の悪ガキが
アントニオに寄ってきて、ふざけたがる。
彼のパンなど食べないだろう悪ガキ連を
男気のあるアントニオは、それでも彼らの相談に乗ったりして、人気がある。
「いつかパリのコンテストにオレのパンを出品してみる。
だってオレのパンは世界一だもん。そうおもわないか?」
そう言われて、NO!とは返せないが、確かに芳醇な味のそのパンを
多くの人が感嘆する時、いや、ふつうに売れる時がきてほしいを思う。

「さぁ、帰ろう。サワドウの様子を見なければ、
世界一のパンを作るまで、オレの休みは返上しているから。」
ワークホリック(仕事中毒)な人間がスペインにもいるなんて、
誰も気づかないだろう、
こんな所に、アントニオのすばらしいパンがあることに気づかないように。
                  
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